※しばらく留守をしていました。YAMAPの記事を転写して記事にします。
アルペン風な山で知られる大峯山系の大普賢岳。記録を見ると、冬の大普賢岳は8年前に登っている。その前の2005年頃、相棒と出かけたが大雪で2度撤退し、3度目に頂上に立てた。そんなふうに冬は厳しい大普賢岳だけど今年は雪が少ないし、今日は天気がよさそう。それで思い切って一人で出かけた。
朝6時に千里を出発。国道から和佐又ヒュッテまでの急な坂道の日陰には、所々雪が残っていたが、スタッドレスで通過(過去にツルツルに凍っていて登れなかったことがあるのでチェーンをもって行ったが)。8時半、登山口の和佐又ヒュッテ到着。小屋に登山届を提出し、駐車料を支払ったら1000円。500円がいつの間に1000円になったとビックリポンだったけど、遭難でもしたらお世話になるかもと素直に支払った。
出発してしばらく歩くと和佐又山との分岐、しばらく歩くと日本岳の岩壁が現れ、岩に沿って水平に歩く。朝日窟、笙ノ窟(しょうのいわや)、鷲ノ窟など修験の行場が次々に現れる。それを越えると、日本岳と小普賢岳との分岐に至るルンゼ(岩溝)を登る。ここは雪が多いときはラッセルを強いられながら直登するが、今日は雪が少ないので夏道をジグザグで登っていく。途中凍ったところが出てきたので、コルに着いてからアイゼンをつけた。
小普賢岳へは、梯子と鎖を使ってまっすぐ登ったあと、水平のトラバース道になる。ここは雪が多いとトレースが定まらず滑落しやすい。トラバース道がまったくアテにならず、小普賢岳のピークを越えて大普賢岳とのコルへ下ったことがある。今日はしっかりトレースが着いたトラバース道を歩いた。
大普賢岳は、梯子・鎖を使っての急斜面の直登、ルンゼの急登やトラバースなどを繰り返しながら高度を稼ぎ、道がゆるやかになると山上ケ岳方面との分岐(奥駆道)に着く。


ルートを左にとって登っていくと大普賢岳の頂上に到着。頂上からは、先週登った観音峯、その左に大日山・稲村ケ岳がくっきり。

そのずっと左手には、弥山・ハ経ヶ岳、仏生岳、釈迦ケ岳など大峰山系の主稜線が見えた。

今年は雪が少ないとは言え、大普賢岳はやはり少し厳しい。滑落した場合(多分助からないが)などを考えると、単独行はやはり避けるべきだったかと少々反省。食事のあと、山を始めて1年で冬の大普賢に来た(ダメなら帰ろうと思ってきたらしいが、なかなか安定した歩きだった)という若者のあとに着いて、山の話をしながら下った。ちょっと迷惑なおっさんだったかもしれない。
帰りに川上村の道の駅で温かいうどんをいただき、夕方5時半に千里に着いた。少し緊張したけど楽しい一人山旅でした。
アルペン風な山で知られる大峯山系の大普賢岳。記録を見ると、冬の大普賢岳は8年前に登っている。その前の2005年頃、相棒と出かけたが大雪で2度撤退し、3度目に頂上に立てた。そんなふうに冬は厳しい大普賢岳だけど今年は雪が少ないし、今日は天気がよさそう。それで思い切って一人で出かけた。
朝6時に千里を出発。国道から和佐又ヒュッテまでの急な坂道の日陰には、所々雪が残っていたが、スタッドレスで通過(過去にツルツルに凍っていて登れなかったことがあるのでチェーンをもって行ったが)。8時半、登山口の和佐又ヒュッテ到着。小屋に登山届を提出し、駐車料を支払ったら1000円。500円がいつの間に1000円になったとビックリポンだったけど、遭難でもしたらお世話になるかもと素直に支払った。
出発してしばらく歩くと和佐又山との分岐、しばらく歩くと日本岳の岩壁が現れ、岩に沿って水平に歩く。朝日窟、笙ノ窟(しょうのいわや)、鷲ノ窟など修験の行場が次々に現れる。それを越えると、日本岳と小普賢岳との分岐に至るルンゼ(岩溝)を登る。ここは雪が多いときはラッセルを強いられながら直登するが、今日は雪が少ないので夏道をジグザグで登っていく。途中凍ったところが出てきたので、コルに着いてからアイゼンをつけた。
小普賢岳へは、梯子と鎖を使ってまっすぐ登ったあと、水平のトラバース道になる。ここは雪が多いとトレースが定まらず滑落しやすい。トラバース道がまったくアテにならず、小普賢岳のピークを越えて大普賢岳とのコルへ下ったことがある。今日はしっかりトレースが着いたトラバース道を歩いた。
大普賢岳は、梯子・鎖を使っての急斜面の直登、ルンゼの急登やトラバースなどを繰り返しながら高度を稼ぎ、道がゆるやかになると山上ケ岳方面との分岐(奥駆道)に着く。


ルートを左にとって登っていくと大普賢岳の頂上に到着。頂上からは、先週登った観音峯、その左に大日山・稲村ケ岳がくっきり。

そのずっと左手には、弥山・ハ経ヶ岳、仏生岳、釈迦ケ岳など大峰山系の主稜線が見えた。

今年は雪が少ないとは言え、大普賢岳はやはり少し厳しい。滑落した場合(多分助からないが)などを考えると、単独行はやはり避けるべきだったかと少々反省。食事のあと、山を始めて1年で冬の大普賢に来た(ダメなら帰ろうと思ってきたらしいが、なかなか安定した歩きだった)という若者のあとに着いて、山の話をしながら下った。ちょっと迷惑なおっさんだったかもしれない。
帰りに川上村の道の駅で温かいうどんをいただき、夕方5時半に千里に着いた。少し緊張したけど楽しい一人山旅でした。
スポンサーサイト
2016.02.11 / Top↑
月1回をペースにしている千里の低山仲間との山行。このところ毎週のように出かけている。
70代半ばのHさんは雪山3回目ということで、今回は大峰山系の雪山初心者コースと言われる観音峯です。
朝6時半に千里を出発。通勤ラッシュに巻きこまれ、2時間15分で洞川(どろかわ)の登山口到着、9時出発。
観音平までは、南北朝時代に南朝(後醍醐天皇、大塔宮など)のために吉野が果たした役割を記した銘板を読みながら。
観音平からは急な斜面を直登。

展望台に着くと、大日山、稲村ケ岳、大普賢岳、弥山などの大パノラマが広がる。

次が観音峯と思って登ったら偽ピークと分かり、気合いを入れて観音峯へ。
観音峯は眺望がもう一つなので、三ツ塚まで行くことにしたが、ここもイマイチなので、結局その先のピークまで足を伸ばし、
12時過ぎに陽を浴びながら昼食。
この間、寒波で降った雪があちこち残っているものの、ほとんど春山状態。

昼食ののちに、法力峠へ下り、北の登山口・母公堂(ははこどう・・大峰山の開祖・役行者の母を祀っている)へむけて
緩やかな道を下っていった。
そのあと洞川の町~洞川温泉~川沿いの道を延々1時間以上歩き、やや放心状態で車を置いた登山口に到着した。

洞川温泉で汗を流したかったけど、いい時間なのでそのまま大阪へ向けて車を走らせた。
途中、下市でこんにゃくの田楽をいただいた。
千里に帰ってから私の手料理でホットワインをいただきながら、山の話で盛り上がった。
楽しい大人のハイキングでした。
※法力峠で出会った稲村ケ岳から帰ってきた熟年男性に尋ねたら、白倉山西のトラバース道(夏道)を通って稲村小屋まで行けた(※例年は雪が多く小屋の手前で通行不能な場合が多い)。大日山の麓の岩場のトラバース(※急傾斜かつ凍っている場合が多い)も問題なく通れ、稲村ケ岳の頂上に立てたとのこと。今年はやはり暖冬です。
70代半ばのHさんは雪山3回目ということで、今回は大峰山系の雪山初心者コースと言われる観音峯です。
朝6時半に千里を出発。通勤ラッシュに巻きこまれ、2時間15分で洞川(どろかわ)の登山口到着、9時出発。
観音平までは、南北朝時代に南朝(後醍醐天皇、大塔宮など)のために吉野が果たした役割を記した銘板を読みながら。
観音平からは急な斜面を直登。

展望台に着くと、大日山、稲村ケ岳、大普賢岳、弥山などの大パノラマが広がる。

次が観音峯と思って登ったら偽ピークと分かり、気合いを入れて観音峯へ。
観音峯は眺望がもう一つなので、三ツ塚まで行くことにしたが、ここもイマイチなので、結局その先のピークまで足を伸ばし、
12時過ぎに陽を浴びながら昼食。
この間、寒波で降った雪があちこち残っているものの、ほとんど春山状態。

昼食ののちに、法力峠へ下り、北の登山口・母公堂(ははこどう・・大峰山の開祖・役行者の母を祀っている)へむけて
緩やかな道を下っていった。
そのあと洞川の町~洞川温泉~川沿いの道を延々1時間以上歩き、やや放心状態で車を置いた登山口に到着した。

洞川温泉で汗を流したかったけど、いい時間なのでそのまま大阪へ向けて車を走らせた。
途中、下市でこんにゃくの田楽をいただいた。
千里に帰ってから私の手料理でホットワインをいただきながら、山の話で盛り上がった。
楽しい大人のハイキングでした。
※法力峠で出会った稲村ケ岳から帰ってきた熟年男性に尋ねたら、白倉山西のトラバース道(夏道)を通って稲村小屋まで行けた(※例年は雪が多く小屋の手前で通行不能な場合が多い)。大日山の麓の岩場のトラバース(※急傾斜かつ凍っている場合が多い)も問題なく通れ、稲村ケ岳の頂上に立てたとのこと。今年はやはり暖冬です。
2016.02.03 / Top↑
千里の低山ハイク仲間の一人が70代半ばにして霧氷を一度みたいと言うので、
山の相棒にも加わってもらい、霧氷で有名な高見山(1248m、台高山脈)へ出かけました。
当初、大峰山系の観音峰の予定でしたが、このところの寒波でラッセルを強いられるのでは?と高見山に変更。
朝6時半に大阪千里を出発、2時間で北の登山口・平野に到着。
登山口からあった雪は徐々に増え出し、中間地点の高見杉あたりから霧氷が出現。高
度を増すに従って霧氷の長さは10cmに達するところも。
高見山は3度目ですが、こんなに見事な霧氷は初めてです。
3時間で頂上。期待した青空と360度の眺望は得られませんでしたが、
避難小屋で昼食ののち、下りはアイゼンをつけて2時間で下山。
平野の温泉は休みだったので、大宇陀の温泉(あきののゆ)にゆっくりつかって、18時半に千里に帰りました。
高見山の魅力を300%味わうことのできた初雪山に、本人曰く「Biginer's luckでしょう」
まさにラッキーな山行になりました。
平野の温泉の駐車場に車を停めます。

橋を渡って登山開始

小さな川を何回か渡ります。

高見杉と避難小屋に到着

霧氷(に雪が着いている)が出てきた。

勾配が一層きつくなってきた。

岩の間を登ります。

霧氷のトンネル

霧氷のブナ林を登っていきます。

勾配がきつくなるともうすぐ頂上

高見山に到着・・社があります。

熟年4人で記念撮影

下山時に少し晴れてきた・・・山が美しい!

山の相棒にも加わってもらい、霧氷で有名な高見山(1248m、台高山脈)へ出かけました。
当初、大峰山系の観音峰の予定でしたが、このところの寒波でラッセルを強いられるのでは?と高見山に変更。
朝6時半に大阪千里を出発、2時間で北の登山口・平野に到着。
登山口からあった雪は徐々に増え出し、中間地点の高見杉あたりから霧氷が出現。高
度を増すに従って霧氷の長さは10cmに達するところも。
高見山は3度目ですが、こんなに見事な霧氷は初めてです。
3時間で頂上。期待した青空と360度の眺望は得られませんでしたが、
避難小屋で昼食ののち、下りはアイゼンをつけて2時間で下山。
平野の温泉は休みだったので、大宇陀の温泉(あきののゆ)にゆっくりつかって、18時半に千里に帰りました。
高見山の魅力を300%味わうことのできた初雪山に、本人曰く「Biginer's luckでしょう」
まさにラッキーな山行になりました。
平野の温泉の駐車場に車を停めます。

橋を渡って登山開始

小さな川を何回か渡ります。

高見杉と避難小屋に到着

霧氷(に雪が着いている)が出てきた。

勾配が一層きつくなってきた。

岩の間を登ります。

霧氷のトンネル

霧氷のブナ林を登っていきます。

勾配がきつくなるともうすぐ頂上

高見山に到着・・社があります。

熟年4人で記念撮影

下山時に少し晴れてきた・・・山が美しい!

2016.01.22 / Top↑
7月上旬、千里の山メンバー3人で、九度山~高野山を7時間かけて歩いた。
この道は、空海が高野山を開いてから、麓と高野山を結ぶ唯一の道だった。
また、空海を訪ねてきた母親に会うために、空海が月に9度通ったとも言われ、九度山の語源ともされている。
途中、約100mごとに設置された180の町石(ちょういし)があり、それらを逆に数えながら登っていく。
朝6時過ぎ、電車で千里を出発。
難波から南海電車の急行に乗り換え、8時半に九度山到着。
レトロ感たっぷりのおしゃれな駅です。

旧街道に沿った九度山のまちを歩いていきます。

高野山を開く前に空海が建立し、母親も滞在したという慈尊院

その上にある丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社
本殿は国の重要文化財、境内は国の史跡「高野山町石」の一部。
本殿はユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部(Wikipedia) だそうです。

このコースは、慈尊院からの最初の1時間が急坂でしんどい。
しばらく登ると、紀の川がよく見える展望台に着いた。

しばらく登ると、林間の平坦な道が続きます。

行程の約1/3の休憩ポイント三本杉

行程の約1/2近くまで来た二つ鳥居で昼食
二つが並んで西をむいている不思議な鳥居
これも空海が立てたとの(当初は木造)

ゴルフ場を過ぎ、矢立の茶店を過ぎて、ふたたび林間へ
しばらく登るとせせらぎが出てきた。

最後に、なかなか到着しない急坂を登り切ると、かつての高野山の入口・大門に到着!
休憩・食事時間を除いても、予定どおり7時間たっぷりかかった。
3人とも良く歩きました。

そのあと、開創1200年を迎える高野山金剛峯寺根本中堂にお参り
噂に聞いていたが、西欧系外国人が多い。
平日と言うこともあり、高野豆腐の店は閉まっていて諦めた。
バスを待つ間、コンビニでビールと酒のアテを買ってきて「乾杯、おつかれさま!」

高野山駅からケーブル、電車で千里へ
またあちこちの山へ出かけましょう。

この道は、空海が高野山を開いてから、麓と高野山を結ぶ唯一の道だった。
また、空海を訪ねてきた母親に会うために、空海が月に9度通ったとも言われ、九度山の語源ともされている。
途中、約100mごとに設置された180の町石(ちょういし)があり、それらを逆に数えながら登っていく。
朝6時過ぎ、電車で千里を出発。
難波から南海電車の急行に乗り換え、8時半に九度山到着。
レトロ感たっぷりのおしゃれな駅です。

旧街道に沿った九度山のまちを歩いていきます。

高野山を開く前に空海が建立し、母親も滞在したという慈尊院

その上にある丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社
本殿は国の重要文化財、境内は国の史跡「高野山町石」の一部。
本殿はユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部(Wikipedia) だそうです。

このコースは、慈尊院からの最初の1時間が急坂でしんどい。
しばらく登ると、紀の川がよく見える展望台に着いた。

しばらく登ると、林間の平坦な道が続きます。

行程の約1/3の休憩ポイント三本杉

行程の約1/2近くまで来た二つ鳥居で昼食
二つが並んで西をむいている不思議な鳥居
これも空海が立てたとの(当初は木造)

ゴルフ場を過ぎ、矢立の茶店を過ぎて、ふたたび林間へ
しばらく登るとせせらぎが出てきた。

最後に、なかなか到着しない急坂を登り切ると、かつての高野山の入口・大門に到着!
休憩・食事時間を除いても、予定どおり7時間たっぷりかかった。
3人とも良く歩きました。

そのあと、開創1200年を迎える高野山金剛峯寺根本中堂にお参り
噂に聞いていたが、西欧系外国人が多い。
平日と言うこともあり、高野豆腐の店は閉まっていて諦めた。
バスを待つ間、コンビニでビールと酒のアテを買ってきて「乾杯、おつかれさま!」

高野山駅からケーブル、電車で千里へ
またあちこちの山へ出かけましょう。

2015.07.07 / Top↑
2月の上旬、山の相棒と大峰山系・稲村ケ岳に遊んだ。
相棒とは、昨年夏の北海道以来だから約半年ぶり、稲村ケ岳も約1年ぶり。
アプローチの手段は、不良中年の新車ハスラー・・・
朝6時、相棒といっしょに高槻を出発、3時間弱で天川村・洞川に到着
母公堂(ははこどう)の前で身支度の後、9時に出発

麓に近いところは、雪は5~10cmと多くない。

約1時間で法力峠到着
この分だと夏道のトラバースルートでいけると判断し、小休憩の後に出発

途中から霧氷が出てきた。
なだらかな雪原に霧氷をまとった木々が伸びて、何ともいえぬ幻想的な世界・・・
これだから雪山はやめられません。

霧氷でお化粧した、いつものお地蔵さん
うーっ、寒そう!!

しばらく行くと、何カ所も急斜面の沢筋が出てくる。
新雪は少ないのだが、その下に凍った雪があって足場が安定しない。
アイゼンをたたきつけてステップを確実に切りながら、慎重に急斜面を越えます。
あと100~200mで小屋かな・・・と思う地点の斜面の角度が尋常ではない。
踏み跡が見えないのは、新雪で覆われたのではなく、誰も踏んでいないのでは?
これ以上進むと滑落・・・と判断して、ピッケルとアイゼンを駆使して、尾根をめざした。

尾根まで登ると、しっかりしたトレース(踏み跡)があった。
ここまで来ればもう安心・・・
しばらく行くと、同じように途中で尾根に登り、小屋を往復してきた若いカップルに会った。
「このまま帰れますか?」
「法力峠の手前まで、多分、しっかりしたトレースがあると思いますよ」
「ありがとうございます。初めて来ましたが、素晴らしい霧氷ですね」
「お気をつけて・・・」

午後1時、稲村小屋に到着
昼食を済ませた4人のパーティに尋ねると、同じように最後の急斜面でトラバースを諦め、
ルンゼ(沢)を登って小屋まで来て、稲村ケ岳は諦めたとのこと。

見上げると、真っ青な空に霧氷がきれいだ。

今日はここまで・・・そう決めると、小屋横で昼食
そのまま尾根道を法力峠まで引き返した。
昨年もそうだったけど、このところ雪が多いので、冬は法力峠から尾根にルートを取るのが賢明だ。

午後4時、母公堂へ無事到着
先に下山していたカップルに、愛車ハスラーをバックの記念写真を撮ってもらった。

そのまま古市へ・・・
いつもの店で名物のこんにゃくの田楽をいただいた。

何回登っても、冬山の厳しさを見せながら、温かく迎えてくれる稲村ケ岳・・・また来るよ!
相棒とは、昨年夏の北海道以来だから約半年ぶり、稲村ケ岳も約1年ぶり。
アプローチの手段は、不良中年の新車ハスラー・・・
朝6時、相棒といっしょに高槻を出発、3時間弱で天川村・洞川に到着
母公堂(ははこどう)の前で身支度の後、9時に出発

麓に近いところは、雪は5~10cmと多くない。

約1時間で法力峠到着
この分だと夏道のトラバースルートでいけると判断し、小休憩の後に出発

途中から霧氷が出てきた。
なだらかな雪原に霧氷をまとった木々が伸びて、何ともいえぬ幻想的な世界・・・
これだから雪山はやめられません。

霧氷でお化粧した、いつものお地蔵さん
うーっ、寒そう!!

しばらく行くと、何カ所も急斜面の沢筋が出てくる。
新雪は少ないのだが、その下に凍った雪があって足場が安定しない。
アイゼンをたたきつけてステップを確実に切りながら、慎重に急斜面を越えます。
あと100~200mで小屋かな・・・と思う地点の斜面の角度が尋常ではない。
踏み跡が見えないのは、新雪で覆われたのではなく、誰も踏んでいないのでは?
これ以上進むと滑落・・・と判断して、ピッケルとアイゼンを駆使して、尾根をめざした。

尾根まで登ると、しっかりしたトレース(踏み跡)があった。
ここまで来ればもう安心・・・
しばらく行くと、同じように途中で尾根に登り、小屋を往復してきた若いカップルに会った。
「このまま帰れますか?」
「法力峠の手前まで、多分、しっかりしたトレースがあると思いますよ」
「ありがとうございます。初めて来ましたが、素晴らしい霧氷ですね」
「お気をつけて・・・」

午後1時、稲村小屋に到着
昼食を済ませた4人のパーティに尋ねると、同じように最後の急斜面でトラバースを諦め、
ルンゼ(沢)を登って小屋まで来て、稲村ケ岳は諦めたとのこと。

見上げると、真っ青な空に霧氷がきれいだ。

今日はここまで・・・そう決めると、小屋横で昼食
そのまま尾根道を法力峠まで引き返した。
昨年もそうだったけど、このところ雪が多いので、冬は法力峠から尾根にルートを取るのが賢明だ。

午後4時、母公堂へ無事到着
先に下山していたカップルに、愛車ハスラーをバックの記念写真を撮ってもらった。

そのまま古市へ・・・
いつもの店で名物のこんにゃくの田楽をいただいた。

何回登っても、冬山の厳しさを見せながら、温かく迎えてくれる稲村ケ岳・・・また来るよ!
2015.02.12 / Top↑