FC2ブログ
近露王子の近くにある旅館・月の家さんです。
名前がいいですね。
民家風の旅館で、縁側がありました。

昔は、奥地と田辺の中継の宿として、行商人などに利用されたと言います。
世界遺産になってからは、関東方面などからの観光客が多いそうです。

s-FI1170361_0E.jpg

近露王子の近くにある熊野古道なかへち美術館です。
今をときめく妹島和世さんの作品です。

s-FI1170361_1E.jpg

ふたたび熊野古道に帰り、近露の集落の中です。
緩やかにカーブした道沿いに石垣と生垣が連続し、心が落ち着きます。

s-FI1170361_2E.jpg

民家の庭先にネコ君がいました。

s-FI1170361_3E.jpg

後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王を守ったと伝えられる野長瀬一族の墓です。

みなさん、暖かい春になりましたら、日本人の心のふるさと、
熊野古道へ是非お出かけください。

今日は、「熊野古道観光キャンペーン係」みたいな不良中年でした。

s-FI1170361_4E.jpg

2005.03.25 / Top↑
近露の集落に下ります。
石段も石垣も苔むしています。

s-FI1170273_0E.jpg

民家、石垣、石段、樹木などの組み合わせがいいですね。

s-FI1170273_1E.jpg

川を渡ります。
川の向こうは近露の中心部。

橋の向こうに見える緑のかたまりが近露王子です。
その昔、熊野詣の人びとは、朝早くこの川で身を清めたのちに近露王子に参ったそうです。

s-FI1170273_2E.jpg

近露王子の入り口です。
王子社とは、熊野の神様の御子神(ミコガミ)が祀られているところであり、参詣者の休憩所でもあったそうな。

s-FI1170273_3E.jpg

近露王子の境内です。
むかしはもっと広かったそうです。
正面の碑は、出口王仁三郎の筆によるものとか。

s-FI1170273_4E.jpg

2005.03.25 / Top↑
先日、熊野詣の起点であった天満の八軒家に行ったついでに、
今日は一気に熊野古道に出かけました。
といきたいところですが、冬にしては写真が異常に緑・緑している・・・?。
すみません、実は昨年の夏に仲間と出かけたときのものです。

今日は、みなさんに世界遺産でクローズアップされている熊野古道・中辺路(なかへち)の核心部、牛馬童子口から近露集落までを歩いていただきましょう。

紀伊田辺から車で約1時間で牛馬童子口に着きます。中辺路の核心部への入り口です。

s-FI1170225_0E.jpg

しばらく熊野古道を登ると、出発した牛馬童子口の道の駅が見えます。
東京から来たという観光バスも止まっていました。

s-FI1170225_1E.jpg

熊野古道です。
千年以上もの間人びとが歩いた道と思えば、感慨深いものがあります。

s-FI1170225_2E.jpg

しばらく歩くと牛馬童子。
花山法皇の熊野詣の姿との伝説がある、牛と馬にまたがったかわいい像です。
「苦しい時は牛のように粘り強く、楽なときは馬のように軽快に」との意味が込められているとも言われます。

s-FI1170225_3E.jpg

緩い坂を下ると、近露の集落のパノラマが目に入ります。
美しい日本の集落の景色です。

s-FI1170225_4E.jpg

... 続きを読む
2005.03.25 / Top↑
天神橋を北に渡り、菅原町へ。
文字どおり、菅原道真をまつった天神さんのある街です。

狭い道を進むと蔵が現れました。
漆喰ははがれていますが、現役のようです。乾物屋さんのものらしい。

大川に面した天満は青物市場としてさかえましたが、そのまわりに乾物問屋も集まったと資料にあります。
まわりが高層マンションなどに姿を変える中で、かろうじて生き残っています。

s-FI1162356_0E.jpg

難波(なにわ)橋、別名ライオン橋です。
高速道路の下で、ちょっと窮屈そうです。

s-FI1162356_1E.jpg

裁判所の北を抜けると、老松通りに出ました。
骨董品屋やギャラリーが多いとおりです。

Sさんの個展が開催されていたギャラリーに入りました。
渋い中にモダンさも感じられる作品が多く、値段も手頃だったのですが、じっと我慢をしました。

そのまま、梅新東の陸橋を越えて、露天神社(お初天神)に入りました。
商家手代の徳兵衛と遊女お初の心中で有名な近松作「曽根崎心中」のお初の名で親しまれている神社です。
この話、史実に基づいているんですね。
1703年、この場所で心中があったそうです。

s-FI1162356_2E.jpg

一仕事終わったから、映画でもいこうかなー。
その前に腹ごしらえ・・と、お初天神奧の蕎麦「瓢亭」へ。

柚子の香りのする敦盛「夕霧そば」で有名です。
この夕霧も、近松作「郭文章」吉田屋の夕霧太夫にちなんでつけられたそうです。

蒸してあるために、ちょっと柔らかいですが、
蕎麦にうるさい東京の人にもお薦めできるお店です。
お店の雰囲気もまずまず。

いや、違います。
「スナックぼたん」じゃなくて、その隣のお店です。

s-FI1162356_3E.jpg

今日はかけがいいと、鴨なんばん蕎麦をいただきました。
あぶらがプカプカ浮かぶ、たっぷりめのだしに、ぶつ切りの鴨とネギ。

失礼!、これは少しいただいてからの写真。
僕はうどん党なのだが、最近、なぜか蕎麦の方が多いなー。

さあ映画・・といっても、今何やってんのかなー・・。
梅田の映画館も久しぶりだし・・・。

と思いながら、阪神デパートの地下に・・。
イカナゴの新子があり、突然、「イカナゴの釘煮炊きたい症候群」に襲われました。
映画のことはすっかり忘れ、2キロ買いもとめ、帰ってから台所でゴソゴソ。

初めて黄金糖を入れました。
憎らしいぐらいに大きくなっていますが、テカテカに光った、立派な釘煮ができました。
勝率6割といったところです。

s-FI1162356_4E.jpg

... 続きを読む
2005.03.23 / Top↑
京阪電車に乗って、天満橋まで行きました。

永田屋昆布の広告に江戸時代に描かれた「浪花大湊一覧」が使われていたのでパチリ。
大きく描かれた橋が天満橋。
向こうに大阪湾が見えます。

s-FI1162155_0E.jpg

谷町筋に沿って、オフィスではないマンションが建設されていました。
オフィスの需要がもうないと言うことなのかなー・・。
大阪の経済・・・という意味では、ちょっと心配。

s-FI1162155_1E.jpg

谷町筋に面したビルの1階にあるスターバックスの正面です。
緑のボリュームが効いていますね。
ここにもしばらく来ていないなー・・。

s-FI1162155_2E.jpg

江戸時代、大坂と京を結ぶ30石船の船着き場だった八軒家跡の碑です。
ここはまた、古くから熊野詣での起点として賑わったところです。

もっと古くは、難波宮があった頃、このあたりに港(難波津)があり、諸外国との交流が盛んでした。

どうやら、これが先ほどの永田屋昆布本店のようです。

s-FI1162155_3E.jpg

八軒家跡の近くにあった、熊野詣での起点を示す碑です。

s-FI1162155_4E.jpg

... 続きを読む
2005.03.23 / Top↑