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吉野の街へ戻ってきて、吉水神社へ

ここは、約1300年前に役行者が始めた修験道の僧坊であったが、1185年に頼朝の追手を逃れた義経が静御前や弁慶とともに潜伏し、1336年に後醍醐天皇が京より逃れて始められた南朝の宮とされ、1594年に秀吉が盛大な花見の宴を催した際の本陣に用いられるなど、日本の歴史に深く刻まれたところです。

日本最古の書院が現存する初期書院造りの代表であるなど、建築史的にも重要なようです。

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吉水神社の庭からも、中仙本、上千本の桜が一目で眺められます。

いわゆる”一目千本”は、この神社からの眺望を言うようです。

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神社の中には、歴史的な文化財が展示されています。

左は静御前がまとった着物
右は義経が用いた鎧(重要文化財)

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後醍醐天皇の玉座

桃山期の豪華な雰囲気を残す書院です。
室町初期の書院を秀吉が花見に際して修理したようです。

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吉野の住宅は、尾根の道に沿って両側につくられています。
道路から入った1階の上に2階、下に地下1階・2階、
横から見れば4階建ての木造住宅というのもあります。

谷部には、”清水の舞台”のような、住宅を支える柱が建てられます。
吉水神社も、ほらこのように、柱が見えますね。

これを「吉野建て(よしのだて)」というそうです・・・物知りの相棒の教授!

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2006.04.19 / Top↑
吉水神社の帰りに見た、金峰山寺・蔵王堂

東大寺大仏殿に次ぐ、我が国第2の木造建築物だそうです。

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蔵王堂手前の東南院の多宝塔

大峰奧駈の宿坊として利用されています。

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おでんやうどんを扱う食堂

竹を使った花さし・・・街並みに合ってますね。

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金峰山寺・蔵王堂

いつ見ても立派!!

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蔵王堂の前に立つ、瀟洒なつくりのお食事処・春風堂

もう、ここまで来れば、だんぜん・・・花より団子!!

相棒は葛きり、不良中年は山菜そば・・・でした。

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