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私の母は、下れば瀬戸内海に着く川沿いの、美作の小さな村に生まれ、20歳で上流の村に嫁ぎ、5人の子供を産んだ。子供を産んだ翌日から働く働き者で、優しかった父親とともに、5人の子どもを育て上げた。

季節の食べ物をつくることが好きで、ある年の春には、よもぎ餅を15回作ったことがある。歌を歌い、踊ることが好きで、80歳になっても自転車で買い物に行った。

私が3~4歳の頃、村の行事で出かけた岡山の動物園でスリに会い、預かっていた旅行の費用を盗まれてしまった。そんな母親に「お父ちゃんが、また、もうけてくるから・・・」と私が言ったようで、そのことがよほど嬉しかったのか、ときおり自慢げに人に話していた。

90歳を前にして、骨折が原因で施設に入ったが、不平を漏らすわけでもなく、毎日楽しそうに過ごし、私たちが訪ねるたびに、満面の笑顔で迎えてくれた。

山から帰った土曜日の夜、そんな母親が亡くなったとの連絡が入った。
食が細っての老衰だった。

帰省して数ヶ月ぶりに見る母親は、いつものように穏やかな顔をしていた。
持ち前の気丈さと明るさで走り抜け、93歳を目前にした、自分でも十分満足のいく生涯だったと思う。



AUTHOR: 花々 DATE: 04/09/2008 12:30:40 前向きで元気で明るく身体を動かしている母上様の様子が伝わってきました。
息子にこれだけ褒められるような立派な生涯を残された母上様のご冥福を祈ります。
お力落しでしょうがお身体ご自愛下さいね。
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2008.04.09 / Top↑
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