「ブッシュが多くて、残雪期にしか登れない、いい山に連れていったるわ・・」
相棒の誘いを受け、先週末に奥美濃(岐阜県郡上市)の野伏ケ岳(1674m)に登った。
メンバーは、氷ノ山で一緒だったKさんを含めた3人
深夜、白鳥の道の駅に到着し、車の中で宿泊・・
朝起きると、西の山が白いことで、改めて豪雪地帯と知る。

飛騨街道から山の中にどんどん入っていく。
突然、まとまった集落が現れ、こんなところになぜ??と思ったが、
白山信仰の3つの登り口(加賀、越前、美濃)の美濃側の登り口として有名な
石徹白(いとしろ)であることを教えられた。
Photo:白山中居(ちゅうきょ)神社

中居神社を越え、石徹白川の橋の手前で下車。
真っ白に見えるのが野伏ケ岳です。

快晴の中、林道を上っていきます。
途中、林道をはずれて、斜面をショートカットして時間を稼ぎます。

途中から、2人からはずれて、1人でどんどん登り始めた。
樹の間からしっかりした山々が見えた。
だんだん曇り空になってきて、同定できないが、
白山、別山に繋がる三ノ峰、二ノ峰、一ノ峰、銚子ヶ峰あたりだろう。

しばらく登ったところに、突然平坦な台地が現れた。
かつて和田山牧場だったところだ。
相棒曰く「牧場の正面に真っ白な野伏ケ岳が見えたときは感動した」
しかし、今日はどんよりした曇り空の中だ。

野伏ケ岳に向かって左の尾根へ
腐った雪の中に足を取られながら、急斜面を登っていきます。
尾根にとりついてから、もうそこだろう、いやもうすぐ・・・
何度もそう思うけど、なかなか頂上に着かない。
山だけでなく、見通しがきかないほど不安なものはない・・・改めてそう思った。

天気はますます悪くなり、冷たいみぞれになってきた。
斜面はだんだん緩やかになり、下山時にルートをはずす恐れもある。
もう引き返そうか・・・と思いながら進んでいくと、緩やかに下り始めた。
ここがピークだ、ピークにしよう・・そう言って記念撮影

しばらく下ったところで、遅い昼食をとり、そのまま一気に石徹白の村へ・・
麓につくと、あちこちにフキノトウを見つけて、お土産にいただいた。
帰る途中、宿泊施設「カルヴィラいとしろ」に寄ると、石徹白の村が一望できた。
ここがかつて「上り千人、下り千人、宿に千人」と言われるほど修験者の
出入りで栄えた、白山信仰のメッカだったんだ。
帰ったら、石徹白や白山信仰について調べてみよう・・・
石徹白への興味は増すばかりだった。

そのあと、桧峠にある「満天の湯」で汗を流し、大阪へ車を走らせた。
天気はもう一つだったけど、石徹白とともに味わいのある山旅だった。
石徹白のことをもう少し知りたい方はここをどうぞ

相棒の誘いを受け、先週末に奥美濃(岐阜県郡上市)の野伏ケ岳(1674m)に登った。
メンバーは、氷ノ山で一緒だったKさんを含めた3人
深夜、白鳥の道の駅に到着し、車の中で宿泊・・
朝起きると、西の山が白いことで、改めて豪雪地帯と知る。

飛騨街道から山の中にどんどん入っていく。
突然、まとまった集落が現れ、こんなところになぜ??と思ったが、
白山信仰の3つの登り口(加賀、越前、美濃)の美濃側の登り口として有名な
石徹白(いとしろ)であることを教えられた。
Photo:白山中居(ちゅうきょ)神社

中居神社を越え、石徹白川の橋の手前で下車。
真っ白に見えるのが野伏ケ岳です。

快晴の中、林道を上っていきます。
途中、林道をはずれて、斜面をショートカットして時間を稼ぎます。

途中から、2人からはずれて、1人でどんどん登り始めた。
樹の間からしっかりした山々が見えた。
だんだん曇り空になってきて、同定できないが、
白山、別山に繋がる三ノ峰、二ノ峰、一ノ峰、銚子ヶ峰あたりだろう。

しばらく登ったところに、突然平坦な台地が現れた。
かつて和田山牧場だったところだ。
相棒曰く「牧場の正面に真っ白な野伏ケ岳が見えたときは感動した」
しかし、今日はどんよりした曇り空の中だ。

野伏ケ岳に向かって左の尾根へ
腐った雪の中に足を取られながら、急斜面を登っていきます。
尾根にとりついてから、もうそこだろう、いやもうすぐ・・・
何度もそう思うけど、なかなか頂上に着かない。
山だけでなく、見通しがきかないほど不安なものはない・・・改めてそう思った。

天気はますます悪くなり、冷たいみぞれになってきた。
斜面はだんだん緩やかになり、下山時にルートをはずす恐れもある。
もう引き返そうか・・・と思いながら進んでいくと、緩やかに下り始めた。
ここがピークだ、ピークにしよう・・そう言って記念撮影

しばらく下ったところで、遅い昼食をとり、そのまま一気に石徹白の村へ・・
麓につくと、あちこちにフキノトウを見つけて、お土産にいただいた。
帰る途中、宿泊施設「カルヴィラいとしろ」に寄ると、石徹白の村が一望できた。
ここがかつて「上り千人、下り千人、宿に千人」と言われるほど修験者の
出入りで栄えた、白山信仰のメッカだったんだ。
帰ったら、石徹白や白山信仰について調べてみよう・・・
石徹白への興味は増すばかりだった。

そのあと、桧峠にある「満天の湯」で汗を流し、大阪へ車を走らせた。
天気はもう一つだったけど、石徹白とともに味わいのある山旅だった。
石徹白のことをもう少し知りたい方はここをどうぞ

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2012.04.16 / Top↑
われもこう
まだすごく雪深かったんですね~~安全第一ですよね
秩父の三峯神社なども今は廃れているけれど、以前はものすごく栄えていたようです。
羽黒山や湯殿山に行ったときも思ったのですが、江戸時代ごろの日本人の宗教心てすごいですよね。江戸から何ヶ月かけて歩くんだろう、しかも雪深いところに出かけるパワーの源はなんだろうと思います。
石徹白のこと調べたら、また教えてください。
秩父の三峯神社なども今は廃れているけれど、以前はものすごく栄えていたようです。
羽黒山や湯殿山に行ったときも思ったのですが、江戸時代ごろの日本人の宗教心てすごいですよね。江戸から何ヶ月かけて歩くんだろう、しかも雪深いところに出かけるパワーの源はなんだろうと思います。
石徹白のこと調べたら、また教えてください。
2012/04/24 Tue 18:19 URL [ Edit ]
不良中年
■われもこうさん
コメントありがとうございます。
おっしゃるとり、江戸時代など、信仰心もさることながら、今のようなレクリエーションがなかった時代ですから、お参り=旅行として、いろいろなところへ出かけたのでしょうね。
関西では、熊野詣、私の近くでは能勢の妙見山などがあります。
信仰心とうまくマッチした、一種のレクリエーション開発だったのでは?と思いますが。
コメントありがとうございます。
おっしゃるとり、江戸時代など、信仰心もさることながら、今のようなレクリエーションがなかった時代ですから、お参り=旅行として、いろいろなところへ出かけたのでしょうね。
関西では、熊野詣、私の近くでは能勢の妙見山などがあります。
信仰心とうまくマッチした、一種のレクリエーション開発だったのでは?と思いますが。
2012/04/26 Thu 16:00 URL [ Edit ]
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